ヒロシマ・スタディツァ「親子で行く!平和を考える旅」その2 世田谷区議会議員 吉田 恵子
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2005 年 9 月 5 日    
ヒロシマ・スタディツァ「親子で行く!平和を考える旅」その2

平和記念公園の中には、たくさんのオブジェがあり皆思い思いのパターンで見て回り、祈りを込めて手を合わせ、花を手向け、持参した千羽鶴を奉納する団体もありました。
林の一角では原爆写真展も開催されていました。私たち(ピースアクション世田谷)も毎年、区内で開いていますが、公園と言う場所柄、通りすがりの方や、若いグループが覗いているのが目立ちました。
平和記念資料館を四男とともに見ていきましたが、とりわけ、ジオラマと触れる展示に興味を持ち立ち止まっていました。原爆が上空で炸裂した瞬間を模したものは本当に分かり易く、約580メートル上空に赤い玉がつるされていました。数日後にテレビを見ていても「580メートル上空だよね!」と自慢げに語る四男の声がしました。爆風と爆熱で一塊になってしまった食器と、上薬が沸騰しぶつぶつと沸いた穴や盛り上がりが残った瓦にも、想像を絶する爆弾の強力さが感じられました。

その後、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に入りました。追悼空間スロープが設けられていて徐々に暗くなるなかで静かな気持ちになり、落ち着いてきた先に広がる平和祈念・死没者追悼空間は不思議な部屋でした。
真中には水が流れるオブジェが置かれ、円形の部屋の壁には当時の広島の町がパノラマで表現されていました。1945年末までに亡くなった方の数と同じ14万枚のタイルを使った壁、その下には町名が刻まれ、下段ほど爆心地に近かったことが表されていました。礼拝堂にも似た厳かな気分になり、知り合いもなく知っている町名もないのに、何かを探すかのように一つ残さず見て回りました。それは、私の中にある「平和への思い」を探すかのようでした。
 この館が目に止まり足を踏み入れた直接のきっかけは、外にあった掲示板の言葉でした。「しまってはいけない記憶」というサブタイトル、被爆60周年広島・長崎共同企画展「体験記にみる被爆の実相」の開催中をお知らせしているものでした。戦争の記憶を風化させてはならない、滲ませたり色褪せさせてもましてや仕舞い込んだりしてはならないと言う気持ちと重なったからです。(つづく)


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